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『色』についての雑感③2019年05月06日

『色』についての雑感③ 関連画像1
 前回予告していたように、「言葉が、客観的妥当性をもつ一つの画像にどのような変化をもたらすか」、それを確かめることから始めてみましょう。

 言葉として次の説明文を用意しました。
 《この夕景を眺めているときに、思いがけず頭のなかに聞こえてきたのは、先日亡くなった西城秀樹の『ブルースカイブルー』だった。この空は「青空」でこそなかったが、その歌を残してくれた彼を追悼するにふさわしいもののように思われた。》

 この説明文を読む前と、読んだ後で、昨年5月に紹介していたこの画像に何か変化が起きたでしょうか……。
 結論はもちろん、見た目においてそのようなことはありません。変化は起きません。しかし、日常の見慣れたありきたりの風景が、うれしいときには華やかに輝いて見えたり、かなしいときには冷たく白々しく見えたりすることは、誰もが経験していることでしょう。印象というものは、記憶のなかで色褪せていったり、逆に対象を自分好みの色合いに染め上げていったりするもので、あとになってその対象を見返したときに、現にそうある対象と記憶のなかのその印象とが違っていたことに驚きながらあらためて「見直す」ということは、私たちがときおり体験することです。
 そして、ある意味が対象に新しく与えられることでもまた、対象に懐いていた印象はがらりと変わるのです。私の場合、西城秀樹を追悼するメディアからの『ブルースカイブルー』の発見は、私が子供時分から作り上げていたアイドル歌手像が払い落とされた新しい西城秀樹の発見につながったわけです。

 先の説明文に戻ってみるなら、『ブルースカイブルー』をすでに知っている方々であれば、その方々(=「既知のみなさん」)から説明文の内容に共感してもらえる条件は整うわけですが、さて、共感してもらえる仕方には、説明文から新しい意味を与えられても印象の変わらない『夕景』が「既知のみなさん」に無条件に受け入れられる場合と、もう一つ、それぞれの『夕景』の印象がそれぞれの思いのなかで自分好みの色合いに染め上げられていたことがあとあと見返したときに確かめられることになる、「既知のみなさん」に時間をかけて受け入れられる場合の、以上二つが考えられるでしょう。(ちなみに、後者の場合については、新しい意味が対象に与えられることで対象の印象が変わるという点では、先の「私の場合」と同じですが、〈対象〉と〈印象〉のそれぞれの項の中身が〈説明文〉と〈画像〉である点で、〈歌〉と〈歌手〉となる「私の場合」とは異なることになります。)
 ここで、思いを打ち明ければ、共感してもらえる仕方がどの場合であるにせよ、私にとって、「既知のみなさん」から共感してもらえることはうれしいことです。それというのも、先の説明文の中身は、自分の身に起きた実際の出来事とそのときの心情そのものだからです。
 
 当テーマの最終回を締めくくるに当たり、対象を見る者の主観の側面である「印象」を中心に『色』についての話を進めてきましたが、そのなかでサブテーマになった『ブルースカイブルー』を耳にする機会、一年前の自分がそうなったように、「未知のみなさん」が「既知のみなさん」に変わる機会がこれから増えることが自分の望みであることを記しておきます。
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