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科学啓蒙作家の塾「田井塾」

「田井塾」:中小企業庁「起業家教育支援」講師として2020年06月06日

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********** 「田井塾」愛実践:経済産業省中小企業庁「起業家教育支援」講師として**********

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 人は勉強を手段として己の心に「泉」を見出し、いつしか、そこに「美」が映えるを知る。これをして彼方に「像」を予感し、それを求めて今を生きる。 - 田井 -
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・・・・・ 序 奏 ・・・・・
●ドビュッシー●・・・・・「アラベスク第1番」

☆経済産業省中小企業庁「起業家教育支援」講師として☆
 【はじめに:お願い、そして感謝】
 この度、経済産業省中小企業庁の「起業家教育支援」講師として承認されました。この活動はお子さん方に夢をもたらす点でも意義深く、父母様にご理解いただきたくよろしくお願い申し上げます。なお、この活動は恩師ア・ベ・ミグダル元モスクワ大学教授、夫人のタチアナさん、ミグダルの友人である元東京大学総長有馬朗人先生の影響があったればこそであり、ここに謹んでご報告致します。

☆講師としての基本的な考え☆
 【一生につながるとても大切な経験】
 私は小学生時代を北海道の山奥で過ごしました。父は農業と林業を営み、夏休みになるとさらに山奥の飯場に行き、そこでしばらく遊び回ったものです。山の中を探検している時のこと。白樺の木の根元から水が湧き出している場所を発見しました。水は三日月形に細く、浅く流れ、そして途中で忽然と消えていました。何とこの小さな「泉」の中をヤマメ(ヤマベ)が一匹泳いでいたのです。
 私が小学6年のとき、事業に失敗した父は東京オリンピックに向けての道路工事に職を見付け、母と私を頭とする六人の子どもを連れ東京に出て来ました。私たちは道具置き場をパネルで仕切った6畳一間ほどの部屋をあてがわれ、そこでこれまでの恵まれた豊かな環境と全く異なった生活を始めたのでした。ある時、「子どもたちがメシを食いすぎる」と母親が親方の奥さんに怒鳴られる姿を見て、私は子どもながらに現実の厳しさを知り、悲しみました。
 こうした環境の中で、私はあの泉を泳いでいたヤマメをいつも思い出していました。父と川に行っても、私に釣れるのはウグイばかり、ヤマメはどうしても釣れませんでした。そのヤマメが目の前を泳いでいたのです。私はこの小さな泉の側にしゃがんでただ見とれていました。ヤマメが入口も出口もないこの泉にいることが、まるで私がおとぎ話の世界に迷い込んだようで、とても不思議でした。このヤマメが何か特別な力を持った魚のように思え、そのままそっとしておきました。休みの間、この秘密の場所に通い、そして変化が起きる瞬間をじっと待っていたものでした。
 夜になって父と母が現場に出掛けたある日、常識的に「非現実的な状態」で生活している私たちは、あのヤマメと同じではないかとふと思いました。すると、自分たちが非常識の世界に常識として生きられていることに感動し、弟や妹たちの寝顔が愛おしいほどに「美しく」感じ、そして、私たちのこの飯場での生活も、決して恥ずかしいことではない、人が横目で私たちを見て通り過ぎようと、私たちがそれでいいと思えばそれでいいことなのだと自分に言い聞かせていました。

【具体的な経験の質的変化への飛躍】
 そう思うと、ところが不思議なことに、心の中に悔しさをバネとした力が湧き出して来るのが感じられました。私はこの生活環境を抜け出すために、父と母の生きるための励みとなるために猛勉強を開始しました。中学でも、高校でもガムシャラに勉強し、そして数年後、東京理科大学の物理学科に合格しました。しかし、入学しても感動はなく、何か物足りませんでした。
 ある時、学食でラーメン・ライスを食べていると、「ロシア語は難しい。これができるやつはすごい」と話している声が聞えてきました。英語は出来て当たり前の時代、語学が得意な私はこの時「ロシア語こそが私のヤマメだ」と思いました。これで、理科大の「泉」の中に常識的に「不可能」なロシア語を「可能性」として存在させることによって、「泉-ヤマメ」の関係をモデル的に再現できると確信しました。当然ながら、私の心に再び歓びが満ち溢れ、そしてこれをエネルギーとして今度は物理の勉強と並行してロシア語の専門学校である日ソ学院(現「東京ロシア語学院」)と東京外国語大学にも通い猛勉強を開始しました。

【経験則として得られたモデルの日常生活への応用】
 私はこれまでの経験を通して、あらゆる場面で「泉-ヤマメ」の関係を応用して考えるようになっていました。
 たとえば、私の住いの近くに菅原道真公を祀る神社があります。実は、この神社は宮司さんが遠くからお出でになられ、総代さん方も忙しくていらっしゃるため、この水場はカラスによって汚され放題になっていました。近くのゴミ集積場から肉片をほじくり出してはこの場に持って来て、そして食い散らかしていたのです。また、ここで行水をしては羽をいたるところにへばり付かせていました。
 ある時、ここで認知症気味のご婦人がその水を柄杓で掬い口に含んでいました。私はこの光景に驚き、とっさに何とかしなければと判断し、ただちに行動を開始しました。毎日、ここに通ってはカラスが寄り付かないようにする方法を考え、あれこれ工夫を凝らしました。そして気が付けば、時すでに八年が経っていました。もちろん、水場は今とてもきれいに保たれています。
 この活動によって、私は無理と思われていた水場をきれいにすることが出来ました。ここでも「境内-水場」を「泉-ヤマメ」の関係に対応できることから、多くの方にこの環境に「美」を感じていただけるのではないかと思いました。すると何と、宮司さんや総代さんから「いつもきれいにしてくださって、ありがとうございます」と感謝の言葉をいただき、また、町会長さんはじめ役員の皆さんの推薦により、齋藤猛江戸川区長さんより「環境を良くする運動」の功労者として表彰状までいただくことになるのでした。

【自分の求める究極の「美」を見出すためのモデルとして】
 一般に「プロ」と称される方はその人固有の「美」を心に抱いています。実は、その「美」は
   「常識としての『場』-その中の非常識な『要素』」
を土台にモデルとして構築されたその人独自の概念の中から生れています。たとえば、「場」として「小さな町工場」、「要素」として「ロケットエンジン」を対応させてみます。これだけで、多くの人の心に「意外性」としての感覚が生れ、「感動」の声を漏らすのではないでしょうか。前者に「地球」、後者に「人」を対応させてみてはどうでしょう。人は自分の存在を神秘的に思えるのではないでしょうか。もちろん、前者に「えどがわ産業ナビ」、後者に「私の意識」を対応させることを忘れません。これだけで私は私たち人間は確実に進化していると思えるからです。

【さいごに:ささやかな祈り】
 お互いに主義、主張が異なっても、それぞれの立場を尊重し、人として尊敬し合える社会でありますように。であればこそ、起業家も夢を抱いて参加できる豊かな地域社会が創られるからです。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●●●●●今日も1日感謝の心で●●●●●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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