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田井塾「心の泉」:理系的思考法-その美を求めて-2020年01月27日

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   新年あけましておめでとうございます  
   本年もどうぞよろしくお願い申し上げます
      令和2年元旦

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 人は勉強を手段として己の心の中に「泉」を見出し、いつしかそこに「美」が映えるを知る。人はこれをして彼方に「像」を予感し、それを求めて今を生きる。-田井-
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・・・・・序奏・・・・・

● Richard Clayderman ●・・・「LETTRE A MA MERE(母への手紙)」


********** 田井塾「心の泉」:理系的思考法-その美を求めて- **********

●理系的思考法-1月の不変なるその美を求めて-
 元旦、早朝、近くの神社に詣でます。日々美しく保つ「お清めの泉」を前に水面を眺めれば、地球がこのたった今も時速約11万kmの猛スピードで太陽の周りの公転軌道上を疾走しているとは少しも思えず、かくして一切が静まり、この時、そっと目をつむると、空間に神秘に潜む「美」を感覚します。この美を愛おしく彼方を見やると、何と、ガリレイが推測し、ニュートンが命名し、そしてアインシュタインが「相対論」として体系化したところの「重力」がその源であることを知るのです。ああ、このまぶしき光よ、この奥深き「美」よ、かくも美しく煌めくは、そは神の技なればこそか、と心を熱くするのです。


※お願い:普遍性の立場から、それぞれの方が心に抱く「神」が神です。ご了承くださいますように。


●12月の不変なるもの-その「美」-●
 今年も真夜中に天を仰げば、オリオン座が美しく輝いています。どうしてこれ程正確に姿を現すのでしょうか。考察しましょう。
 まず、太陽の中心に点Oを取り、これを中心にして半径1億5000万kmの円を(頭に)描きます。この円は地球の公転軌道を表しています。また、点Oとこの公転軌道を通る平面を「公転軌道平面」と呼びます。次に、公転軌道上に点A(1)を取り、この点と点Oとを結んでできる直線をℓ(1)とします。なお、ここではこの直線ℓ(1)を太陽から出ている「重力線」と考えます。
 ここで、公転軌道上の点A(1)において、地球に対してどのような力が作用しているか考えます。地球はこの軌道上を時速約11万kmの猛スピードで疾走しています。この速度によって地球に対して「遠心力」が発生しています。しかし、実は、この点A(1)の地点においては太陽が地球を引っ張る「重力」とこの「遠心力」とが釣り合って、地球に対して「見掛け上」外力が加わっていない現象が発生しているのです。つまり、このため、地球は仕事をすることも、されることもなく、したがって、地球の速度ベクトルが「公転軌道平面」に平行で、かつ、「重力線」ℓ(1)に垂直になるよう運動しているのです。
 次に、公転軌道上に点A(n),A(n+1)の2点を微分的に隣接して任意に取ります。まず、A(n)の地点で地球の速度ベクトルが軌道平面に平行で、「重力線」ℓ(n)に垂直だと仮定します。これは、この地点で地球に対して外力が全く作用していないことを意味しています。したがって、「慣性の法則」にしたがって、A(n+1)の地点でも速度ベクトルの方向と大きさが変化することなく、A(n)の地点と全く同じ不変な状態で通過することになります。
 以上の考察から、地球の運動状態がA(n)地点で不変であればA(n+1)でも不変であることが分かります。また、A(1)では明らかにこの状態が維持されていますから、これで、地球は公転軌道上のすべての地点で状態がつねに不変であることが証明されました。
 オリオン座がいつの時代も真冬の同じ時間に神々しく煌めくは、地球の公転運動が不可思議に「不変的」なればこそであり、ふとそこに奥深き「美」を感覚すれば、そは神なればこその「技」かと、心を熱くするのです。
 

●11月の不変なるもの-その「美」-●
 ここに「えどがわ産業ナビ」というとても美しい「泉」があります。私はこの泉に不変性としての「美」を感じます。
 この「美」をこの場でぜひ考察してみたいと思います。
 はじめに、このPCの画面に向かっている時の私の立場ですが、言うまでもなく、この画面に向かうすべての人が心に抱く「私」と同じです。ある瞬間tのこれらの人々の共通項としての「私」の集まりを集合(I)t=nと表します。ただし、nは集合(I)の要素の数(人数)で
 n=(0,1,2,3,...,k,...k+m,...)
と表されます。ただし、k,mは0以上の整数を表しています。
 まず、ある瞬間t<1>におけるnをn=0とします。これはPCに向かっている「私」が一人もいない場合で、たとえば、大本(おおもと)でシステムの補修整備等をしていて、アクセス出来ない状態になっている場合が当てはまります 次に、瞬間t<2>においてn=kが成り立つと仮定すると、瞬間t<3>においてn=k+mが成り立つと言えます。なぜなら、kを任意の整数に固定し、これにmとして任意の整数を加えて得られる数は必ず集合nの要素になっているからです。
 以上により、この泉を訪れる「私」の数nをn=kとするとn=k+mが成り立ち、また、n=0が明らかに成り立つことから、したがって、集合(I)tは0以上のすべての整数の和に対して「閉じている」と言えます。
 何ということでしょう。集合(I)は0以上のすべての整数に対して「真」であり、つまり、0以上の任意の整数に関して「対称性」を成しているのです。
 こうして考察を終え、泉のほとりに佇み、水面に映える「対称性」に「美」を感覚するとき、ああ、神よ、そは我も集合(I)の要素となれればこその「不変性」か、と心を熱くするのです。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●●●●●今日も1日感謝の心で●●●●●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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