1. えどがわ産業ナビ
  2. 科学啓蒙作家の塾「田井塾」
  3. ニュース
  4. 「田井塾」実験:「なごみ塾」への概念設計

科学啓蒙作家の塾「田井塾」

「田井塾」実験:「なごみ塾」への概念設計2019年01月22日

「田井塾」実験:「なごみ塾」への概念設計 関連画像1
 この世に存する限り、人は人としてプロである。人は勉強を手段に己の心に「泉」を見出し、いつしかそこに「美」が映えるを知る。これをして彼方に「像」を予感し、それを求めて今を生きる。-田井-

・・・・・序奏・・・・・

●Richard Clayderman・・・LETTRE A MA MERE(「母への手紙」)
 
********** 「田井塾」実験:「なごみ塾」に向けての概念設計 **********

※お願い:この度の計画は概念設計の段階であり、実現するかどうかまだ分かりません。このため、関係する団体の皆さまへのご挨拶は控えさせていただいております。どうか、お許しください。 平成31年1月20日 田井 正博

●● はじめに ●●
 「田井塾」にて結成された「理系・文系特別研究班」は「民生委員の精神」に基づきボランティアとして地域の教育活動を支援するため、2015年3月11日「理系・文系特別研究会」と名を改めました。そして現在、「江戸川区立共育プラザ小岩」の「検定対策部」にて、英検、数検、漢検の対策勉強等を通して勉学に励まれるお子さんの学習支援をする活動を行っております。
 さて、これまで、お子さんたちの学習意欲を評価することを目的として、「理系・文系特別研究会」はお子さんたちが検定試験を無料で受けられるようその環境づくりをしてまいりました。しかし、さまざまな事情によりこれを実行に移すことが難しくなりました。
 「日本英語検定協会」は2020年より始まる「大学入試改革」、および検定試験に関連する諸事情により、2018年に準会場認定資格審査を厳格に見直し、田井塾はこの審査に合格致しました。しかし、これによって不都合が発生しました。それは、協会の規定により、教育プラザ小岩と田井塾の2か所に会場を分散して検定試験を実施できないということです。
 この問題を解決する方法として、検定対策部で勉強しているお子さんたちに田井塾にお出でいただき、そして検定試験を受けていただくという方法があります。しかし、この場合、ボランティア活動の精神に反する行動と誤解されてしまう可能性があります。
 とは言え、こうしてあれこれ考えていても問題が解決するとは思えません。そこで、いっそのこと割り切って、日曜日の塾の空き時間を使って、「なごみ塾」を開設してはどうかというアイデアが浮かんで来た次第です。
 
●● 「なごみ塾」とは ●●
 1月18日(金)(平成31年)の「地域共生社会の理解と地域における取り組み」というテーマで行われた民生・児童委員の研修会に出席しました。このテーマの中の「地域共生社会」ですが、これは「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』、『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで、住民一人ひとりが暮らしに生きがいを持てる地域をともに創っていく社会」(厚生労働省「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部より)を意味しています。
 上記定義を読んだとき、少年時代に経験した諸問題をベースに現在進めている活動の根拠が正にここにあると確信しました。
 私が小学6年のとき、林業と農業を経営していた父の事業が破綻し、父は東京オリンピックに向けての道路工事に職を求め、私を頭とする6人の子どもを連れ、母と北海道から東京に出て来ました。この時から、飯場生活が始まりました。ただ、この生活は北海道にいるとき、冬になると木の切り出しで若い衆と一緒に山で飯場生活をしていましたので、それほど抵抗はありませんでした。
 とは言え、子どもながらにとてもつらいことがありました。それは、父が月末に受け取る給料袋は私たち子どもたちの食費や飯場の一角の使用料が引かれて、入っているのは明細とわずかばかりのお金であったこと、それから、生活場所が定まっていなかったため、学校に通えなかったことでした。学校へは中学1年の段階で約半年通うことができませんでした。
 しかし、北海道で豊かな生活、数々の理科的な神秘的な現象を体験した後で父が事業に失敗したことは私にとっては本当に幸いでした。この生活環境の中で、かつての夢のような精神的、物質的に恵まれた生活環境にまた戻りたいと必死に願い、そしてついに、それには勉強しか方法がないと気付くことができたからです。この時から、私は9教科をダイジェスト的に1冊にまとめた参考書をひたすら読み続けました。また、こうして勉強することが父と母の日々の生活の励みになることを知り、さらに、もっと勉強しました。必然、私には「がり勉」の姿勢が身に付いていました。また、こうして勉強していると、心の奥からつねに可能性としての「夢」が湧き出し、それが弟や妹たちを見守る余裕となって現れていました。たとえば、父と母が働く現場に行って、バケツ一杯にクギを拾い、それを鉄屑屋に持って行って現金に換え、これでアイスクリームを1個買って、それを6等分しておいしく「なめ」たものです。もちろん、恥ずかしいという気持ちなどありません。そう思う余裕などなかったからです。それより、この時、弟や妹たちの顔に静まった表情が見え、そこに純真な「美しさ」を感じ、兄としての満足感に浸ることができたのでした。
 こうしたさまざまな経験があればこそ、私の現在が在ります。そして、これらの経験を土台に現在いろいろな悩みを抱えていじらしく生活している子どもたちを見ると、それが「我が事」となって何とかしなければと願い、その結果として立ち上げたのがこの「なごみ塾」なのです。子どもたちの心が「なごめる」ような環境を提供できる「塾」でありたいと心から願っております。

●● 「なごみ塾」の精神的な土台となっている恩師の皆さま ●●
 たとえば、高校2年のとき、私を日本橋の丸善の洋書売り場に連れて行き、そこで「スタティックス」という力学の洋書を購入しプレゼントしてくださった先生、また、東京工業大学に向け3年浪人生活をしているとき、もう時間がもったいないと言って東京理科大学の受験を勧め、ここに入学し、ところがこれで精神的な余裕が得られ、結果としてロシア語の勉強への道筋を作ってくださった先生と、今日の活動につながるひじょうに大きな影響をお与えくださった恩師が私には多くいらっしゃいます。
 この度の計画を契機に、以下に、お名前を記し、これまでのお力添えを感謝し、今後さらに精進し続けますことをここにお誓い申し上げる次第です。

 ア・ベ・ミグダル先生(元モスクワ大学教授)、タチアナ・ミグダルさん(ミグダル夫人)、有馬朗人先生(元東京大学総長)、飯田規和先生(元東京外国語大学教授)、板倉素子先生(元都立両国高校教諭)、大竹周一先生(元東京理科大学教授)、金光不二夫先生(ロシア語翻訳家)、加納誠先生(元東京理科大学教授)、小出昭一郎先生(元山梨大学学長)、小島昌夫先生(元都立両国高校教諭)、島村宣伸先生(元文部大臣・農林水産大臣)、梨本茂先生(元都立向島工業高校教諭)
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●●●●●今日も1日感謝の心で●●●●●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  • コメント
科学啓蒙作家の塾「田井塾」の情報へ戻る
TOP戻る